2005年9月2日金曜日

ものをかく ということ

プログラムの世界で、「クラス」というものを設計するときがある。

詳細はここここで。

「設計者は、クラス設計を、泣く泣く3回捨てる」というアフォリズムがあり、これはほんとに言い得ている。

エキスパートになるまでは、(なっても?)どれだけ慎重に検討してクラス設計を進めても、(言い方を変えると、慎重であればあるほど)

途中で3回は、やり直しの局面に追い込まれる。

無駄な事のように聞こえるが、それでいいのである。

一旦白紙にしてでも、クラス設計をやり直す。

その覚悟がなければ、いわゆる「よいクラス設計」にはならない。

「動きゃいい」レベルのプログラムではなく、デバッグも、メンテナンスも、

改造も、機能追加も。。。 あらゆる側面で、理解しやすく、制御しやすい構造を

取らなければいけない。

文章を書くのと同じに感じる。

一発でいいものがかけるときもあるが、フィーリング論だけならそれでいい。キャッチコピーとか。

文章 となると、いくら推敲してもしすぎない。

どうすれば相手により正確に、自分が表現したい事が伝わるか。そこにある答えは、当然、ひとつではない。

こうやっていろいろな事を考えれば考えるほど、先述のある「ことば」にたどり着く。

「教養とは、人の心を知る心」

「品質」ということをどう考えているのか、と、ボスにしかられた事があるが、

今なら答えられる。

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